とりあえずの記録

はじめは同学科の人向けのナレッジまとめでした

GEQを使用した音響補正ガイド

(注) 本記事は,私が某組織内Wikiに作成した記事のアーカイブです.

プロでない者が,中学校を卒業したばかりの学生たちを対象に執筆したものです.ご承知おきください.

はじめに

この記事では,筆者が様々な方法で学んだ補正方法について記しています.
音響の世界は奥が深く,人によって考え方も様々です.そのため,この記事で書いていることと,他の誰かが正しいと考える方法に少なからず差異があるかもしれません.
もし「この方法はこういう理由で望ましくない」と気づいたら,ぜひ編集して後世に誤った知識を残さないように教えてあげて下さい.ご一報ください.

補正とは

会場の建材や構造によって,響きやすく必要以上に反響する周波数帯域や,逆に吸収されやすくあまり反響してくれない周波数帯域が存在します.(これを,その会場の"周波数特性"と呼びます.)
前者はハウリングが起きやすくなる原因であり,後者も「物足りなさ」を感じさせる1つの要因です.そのため,まずは不必要な反響を抑えてハウリングのリスクを下げ,それができたら,反響してくれない部分を多少ブースト(増幅)してあげることが望まれます.
そこで,ミキサーから出てきた音をアンプに送る前に,専用の機材を用いてその会場の周波数特性に応じた調整を行います.このことを,"補正"と呼んでいます.

また,会場だけでなくスピーカーやヘッドホン,イヤホン,マイク,果てはアンプにも周波数特性が存在します.
そのため,1つの会場で異なる機種のスピーカーを使用する際には,そのスピーカーの機種ごとに,補正を行う必要があります.
(周波数特性を限りなくフラットにしたものが,いわゆるモニタースピーカー,モニターヘッドホンです.)

(削除済み)

さらに,"建材によって" 特性が変化するということは,音を当てる角度や範囲によっても特性の出方が異なるということになります.
そのため,スピーカーを置いている場所ごとに,異なる補正を行ってあげる必要が出てきます.
(例えば,メインL/R用のGEQ,リアL/R用のGEQなどと,複数台のGEQを用いて補正します.)
(一般に,L/Rでは左右対称となるためLとRにかけた補正はかなり近いものになります.そのため,GEQによってはL/Rの入出力を備えていながら,操作できるものは1系統しかなく,その補正がLとRの両方にかかる機種もあります.)

結果として,電波祭のように比較的大規模なイベントではGEQを4~5台(1台あたりL/Rの2ch)使用することもあります.

補正を行う理由・行わない理由

ハウリングを防ぐため,そしてよりよい音響環境を構築するためには補正が必要で,またスピーカーごとにそれぞれ補正を行ってあげる必要があるということは分かって頂けたかと思います.
しかし,全てのイベント全ての会場でGEQを使用して補正を行っているわけではありません.その理由と,これから行うイベントに補正が必要なのかを判断するためのガイドを記していきます.

行わない理由①:屋外

運動場のように開けている屋外では,反響が限りなく0に近くなります.
そのため,"会場の特性"をほとんど考えなくてよくなり,補正を行う必要がありません.
ただし,スピーカーから音を出す方向に壁がある環境を除きます.その場合には反響が発生するため,補正を行うことが望ましいです.

行わない理由②:小規模(その空間でマイクを使用しない)

マイクを使用しない場合,ハウリングの心配はありません.
反響やスピーカーの特性があまりに酷く,明らかに特定の帯域が減衰している(もしくは増幅されている)と感じない限りは補正を行わないことが一般的です.

行わない理由③:時間がない

小規模なイベントや,よほどの緊急時には,補正を行わないことがあります.
なぜならば,補正はあくまで調整に過ぎず,行わなくてもとりあえず音は出るためです.
ただし,補正を行うのと行わないのとでは,マイクの音圧を出せる量が段違いに異なります.補正した後にゲインを調整したマイクを,補正を解除して使用すると一瞬でハウリングします.
特に反響の酷い体育館だと,補正後調整したゲインの6割程度が,補正をかけていない場合のハウリングしないギリギリだったりします.ここまで違ってくると,ミキサー担当者の負担も明らかに違います.
ハウリングを起こして観客の耳に障害を与えないため・大切な機材を守るためにも,極力補正を行いましょう.観客にどれだけよい音を安定して届けられるかが,技術の見せどころです.(まぁ,ほとんどの人は言われなければ気づきません.こういう点では,インフラエンジニア的な辛さがありますね.)

補正に使用する機材

  • 配線されたマイク〜ミキサ〜GEQ〜アンプ〜スピーカ
    マイクの周波数特性の関係上,可能であれば有線のマイクが好ましいです.我々が使用する800MHz帯アナログワイヤレスは100〜12,000Hzまでしか出せません.
    (これから20~20,000Hzまで調整していきます.本キャンパスの第一体育館だと25, 63Hzあたりをいじることも多いので,極力有線が望ましい.)
    本記事では,SM58を前提に示します.
  • マイク部の性能のよいスマートフォン
    後述するRTAアプリを使用して,現在スピーカーから出ている音を周波数ごとに可視化するために使用します.
    絶対ちゃっちいのしか入ってないよね,というものでなければ大丈夫です.よくわからなければiPhoneを使おう.執筆時点では試していませんが,部のiPadProでも良いかもしれません.
    Androidスマートフォンでもできないことはありませんが,機種が多すぎるがゆえにマイクの特性がアプリに反映されず大きく影響してしまい,いきなり難易度ハードモードになる可能性があります.
    ただまぁiPhone含めあくまで通話のためのマイクですから,人の声のための補正が端末内部で行われています.あくまで参考程度としかしませんので,そんなにこだわらなくて大丈夫です.
  • RTAアプリ
    RealTimeAttack ではありません.RealTimeAnalyzerです.
    これを使うことで,マイクで拾った音を周波数ごとに分けて音量を表示してくれます.
    おすすめは「dB Meter」です.Androidユーザはこちら
    周波数特性測定の際には,A, B, C, Zの4種類のうちいずれかの重み付けを行います.他のアプリを使う場合は,このうち,Z( != flat )を選べるものを選びましょう.
    これについては,また別の記事で詳しく解説を行う予定です.

補正の方法

補正を始める前に

音が出せる環境が必要です.とりあえずはいつものようにPAを組みましょう.

ソース系機材 → ミキサー → アンプ → スピーカー
の,
ソース系機材 → ミキサー → (ここ) → アンプ → スピーカー

にGEQをはさみます.

物理的にはミキサーの近くに置きますが,2ch分のアンプに対して2ch分のGEQを1台接続すると考えるとよいと思います.
(ミキサーのMainOut以外の出力端子を使うときとか,スプリッター使うときとかね.)
ただ,くれぐれもアンプとスピーカーの間に挟まないようにね.燃えます.

あとは,補正用に有線マイクを用意しましょう.
GEQのところで使えれば,どんな配線になっていてもよいです.

できたら,いよいよ補正を始めます. 
わざとハウリングを少し起こしては切ってを繰り返すことになるので,会場にいる人たちに「これから音響補正を始めます.大きな音が繰り返し出ますので,お気をつけください.」などと念の為アナウンスしておきましょう.(お客さんがいる状態では絶対やっちゃダメ)

声の出し方...?

とりあえず以下の2本の動画を見て,雰囲気を掴んでください.

音が大事なので,音量大きめで聴いてね.

youtu.be

youtu.be

いざ補正

  1. まずはいつもどおり音チェックまで終わらせてください.
  2. ミキサーの,補正用マイクのフェーダー」,「GEQ」,「補正用マイク」,「RTAアプリを起動したスマホ」の全てに手が届く位置に座ります.
    今後の調整を考えると,GEQの目の前が望ましいです.
  3. すべてのGEQの小さなフェーダーたちを,すべて0(基準,真ん中)に戻します.
    ほか,GEQの機種によって左右の端にいくつかボタンやツマミがあると思いますが,これらはどれか1つでもズレているとまともな音が作れません.
    もし知らない部分があれば,ここで必ずマニュアルを読んで,どういう状態であるべきか整えてください.
  4. Main,AUX,BUSなど,すべてのマスターフェーダーを上げて,すべてのスピーカーに補正用マイクの音を出力できる状態にします.(配信/録画PC,校内放送行きを除きます.)
    爆音などではない,正常な出力が確認できたら,次に進みます.
  5. (この項目はオプションです.)
    GEQ,もしくはミキサーのオシレーター(OSC)機能を使用して,ピンクノイズを出してみます.
    耳が痛くならない程度に,音量を上げます.会話ができないくらいにあげて良いです.
    その状態で,スマホRTAアプリを見てみてください.
    本来であれば,フラット(平坦)になっているはずです.
    ここでもし山になっている部分があれば,それはその部屋や機材の特性上余分に反響しているところで,
    もし凹んでいる部分があれば,それは吸音されてしまっている or 機材の特性上出せていないところです.
    ある程度妥協することにはなりますが,最終的にはこれがある程度フラットに近い(かつ,楽曲を鳴らしたときに違和感を感じない)ようになるよう,調整していきます.
    確認が終わったら,オシレーターをOFFにします.
    あまり長いと耳を痛めるので,長くても10〜20秒程度にしましょう.
  6. それでは,すべてのGEQの,L/R両方のchの入力つまみを -∞ に絞り切ります.
    この状態で再び補正用マイクで喋ってみて,声がほとんど出ないことを確認します.
  7. ここで一旦,補正用マイクのフェーダーを -∞ まで下げて絞り切って,
  8. 補正用マイクのゲインを最大にします.
  9. ゆっくりと補正用マイクのフェーダーを0(基準レベル)まで上げます
    GEQの入力を上げていないので,まだ音はほとんど出ないはずです.
  10. ここまでできたら,ようやくここからスピーカー1台づつ補正を始めていきます.
    どれか1台のGEQの,それも片方のchの入力つまみだけを,補正用マイクで「はっ⤵はっ⤵」と喋りながらハウリング1歩手前まで上げて行きます.
    それ以外のGEQの入力つまみは-∞に絞りきったままです.

    「ハウった!」と思ったら,素早く補正用マイクのフェーダーを落とします.落ち着いたら,またゆっくり上げて戻します.
    以降,常に片手を置いておきます.

      注:ここで言う「はっはっ」は,「はっ」と「へっ」を足したような,ちょっとやる気のないような音ですね.というのも,これから続けて声を出し続けつつ音を繊細に聞き分けていくことになるので,自分の声で出音が聞こえにくくならないように & 声を出すことに労力をかけずに済むように,というとなんとなく伝わりますかね.......

  11. 以降,
    声を出す
    「ハウったらRTAの画面を見て,一番上に尖っている周波数をGEQで少し下げる
    ハウリング収まったら戻して,その前後2つづつ,計5つのつまみを少しづついじりながら,どれを下げると一番効果的に(最も少ない下げ幅で)ハウリング抑えられるかを調べる」
    一番効果的だったものを下げる.少し下げて,もっかい喋ってまたハウったらさらにそこを下げる」
    「また声を出す」
    「もしどんな声でもハウリングが起きにくくなったら,GEQの入力ツマミを1つ上げる
    を延々と繰り返します.
    調整したい音域の音を,自分の声で出す必要があります.
    上記2本の動画などを参考に,頑張ってみてください.
    「はっ⤵」のほか,「check one two」の「ch」「ck」「wone」「tz」の部分や,「Testing」,「It is fine today」などがおすすめです.ただ,日本語の発音しても意味無いです...
    (日本では無線/電話の通信試験に「本日は晴天なり」って言うけど,それのベースになったのが英語の「It is fine today」.この1文に英語の発音成分が全部入ってる.ただ日本語化した文章にはそんなことは考えられてない.)
    この辺はいろいろ調べてみてね.(上の動画の2本目が参考になると思う)
    初めは恥ずかしいかもしれませんが,ボソボソやって結局調整できず「あの人何やってたの」となっても余計恥ずかしいので,恥を捨てて練習ですね.
  12. ある程度やってみて,もういいだろうと思ったら,普段PAで聞き慣れている音楽を鳴らしてみます.
    おそらく始めのうちは違和感が酷くて聞けたもんじゃない音になっていると思います.
    この状態は,「音質」<<<<<「ハウリング防止」になってしまっていて,ハウリングは起きにくいですが音質がすこぶる悪い状態です.

    聞けないと意味がないので,「音質」≧「ハウリング防止」のように,音質を優先しつつ,妥協できる範囲でハウリングを抑えられるギリギリを目指す必要があります.
    どこを戻せば音質が良くなるかが体感でつかめないうちは,一旦GEQをまたフラットに戻して 10. からやり直します.
  13. こういった作業をGEQのchごとに繰り返します.1ch終わったらまた絞りきって,次の入力つまみを少しづつ上げることを忘れないでください.
    終わったchと同じくらいまで上げると即ハウるので要注意.
  14. メインのL/Rが終わったら2台で楽曲チェック,リアL/Rが終わったら2台で楽曲,メインとリアを計4台出して楽曲,というように音を確認します.
    ステージの返しスピーカーも忘れずに.
    (ステージの返しスピーカーについては,「音質」<<「ハウリング防止」くらいでよいです.)
  15. 楽曲で違和感がなくなったら,今度はワイヤレスマイクを持って喋りながら客席からスピーカーに向かって歩いていき,大音量でも極端に近づかなければハウリングが起こらないことを確認します.
    うまくいけば,電波祭の構成でイベント平常時の音量バランスであっても,メインスピーカーは30cm,返しスピーカーは15cmほどまで近づいてもハウリングが起こらないような環境を作れます.
  16. 違和感を感じて,治す術がさっと思い浮かばなければ,再びGEQをリセットします.
    悔しいですが,回をこなせばこなすほど,だんだん感覚でわかるようになります.いずれRTAアプリもいらなくなります.音を聞いて,「何Hzでハウってる」「何Hzが足りてない」などと自然と分かるようになります.頑張ってください.
  17. それから,もしもっとここの音域を出したいと思ったら,逆にGEQを上げる方にもチャレンジしてみてください.ただ,基本的には下げるために使うと思っておいたほうがよいです.
    楽器のアタック感がほしい!などと思ったら,それはGEQではなくミキサーに内蔵のPEQの出番です.「GEQで会場ごとの差を均して,PEQで積極的な音作りをする」と思っておくとよいと思います.
  18. 逆に,「GEQで下げきってるんだけどまだ下げたい」というときにも,PEQが使えます.
    マスターにPEQをかけて,Qをできるだけ細くすることでGEQのサポートができますので,体育館の250Hzなど,あまりにひどいときには試してみることをおすすめします.
  19. 要は練習あるのみです.体育館は難しすぎるので,カンファレンスルームに簡易PA(EVのZX1-90とSB122がしやすかった)を組んでみて,練習するとよいですよ♪(カンファは本当に初心者におすすめな環境)

補正した後に注意すべきこと

お客さんが入ってきたら

会場の特性に合わせて補正を行いましたので,会場の特性が変われば,またハウリングが起こりやすくなります.

ですので,リハの調整段階でここまであげられたから,本番もここまであげてよい,というようにすると痛い目をみることがあるので十分注意してください.

補正後のハウリングの起こり方

補正前であれば,大抵ハウリングが起こる周波数は会場によって決まっています.
そのため,GEQで1箇所を下げればハウリングを抑えることができていました.

しかし,完璧に補正を行ったあとのハウリングはほぼすべての帯域で同時にハウリングが起こります.

爆音です.その会場・機材でイケるギリギリまで攻めたわけです.

フェーダーを下げて音量を落とす以外に改善の余地がありませんので,気をつけましょう.

体育館とそれ以外で行うときとで注意すべきこと

体育館など,音響面での設計がほぼなされていない環境でのPA,補正は地獄です.
カンファなど,他の会場で行ったときに,その補正の楽さに驚くでしょう.

ただし,逆にいつもの感覚でGEQをかけすぎないように注意しましょう.
普通は,指の腹でかすかに動かすくらいで使うのが一般的です.体育館が地獄すぎるだけです.
頭の片隅に入れておきましょう.

見えないGEQ

一部のデジタルミキサーなどには,GEQ機能が内蔵されていることがあります.(A&HのQu-24Cなど)
とっさに触れないため,まず使うことはありませんが,まれに設定されていることがあります.

聴いてみて,何やら出音がいつもと違うと感じたら,ミキサー内部のGEQが設定されていないか疑ってみてください.

補遺:PCや専門の機材を使用した補正

本場のPAさん,音響さん,もしくは音響設計の現場では,人の耳に頼らない補正が一般的です.

普段補佐的に使用しているRTAをより厳密に適用して計測を行うことが多いようです.

Smaart」などで調べてみてください.

なお,簡易的なものとして,

dbxハウリングサプレッサーAFS2

behringerフィードバックデストロイヤーFBQ2496

などの製品もあります.

ただし,うちの体育館はあまりに劣悪なので,こういった製品ではまともに補正が効かないことがあります.実際にbehringerのFBQ2496を過去に試したことがありますが,効果は今ひとつでした.

どうしても技術継承が難しいという場合には,GEQの代わりにAFS2などを導入してみるのもありかもしれません.いろいろと調べてみてください.

それでは.